東京高等裁判所 昭和57年(く)188号 決定 1982年9月16日
抗告申立人 弁護人
請求人 鏑木泰
代理人 木村壮 外四名
主文
原決定のうち請求人鏑木泰に関する部分を取消す。
請求人鏑木泰に対し金六一万三七七円を交付する。
理由
本件抗告の趣意は、請求人の代理人らが提出した即時抗告申立書に記載されているとおりであり、要するに、原決定は、請求人鏑木の本件費用補償請求につき、同人に関する併合罪の一部が有罪とされ、それが未確定であつて、同人に関する裁判に要した費用については、有罪部分に要した分と無罪部分に要した分とが不可分とみざるを得ないので、すべての部分についての裁判が確定した後にはじめて費用補償の請求ができると解すべきであるとして請求を棄却したのであるが、原決定の右解釈は誤つており、本件においては既に確定した無罪部分につき費用補償の請求ができると解すべきであるから、原決定を取消し、請求人に対し金一二七万三三〇五円を交付するとの裁判を求める、というのである。
そこで、関係記録を調査検討して判断すると、請求人鏑木(以下単に請求人という)は昭和五一年五月一〇日暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、傷害、暴行の各罪(訴因は九個)につき起訴され、同年六月二八日証人威迫の罪(訴因は三個)により追起訴されたが、原裁判所はこれらを併合審理したうえ、昭和五六年六月二二日請求人に対する合計一二個の訴因のうち七個について有罪とし、請求人を罰金一二万円に処すると共に残る五個の訴因については無罪とする旨の判決を言渡したこと、右判決のうち有罪部分に対しては請求人から控訴申立がなされ、現在控訴審に係属中であるが、無罪部分については、検察官からの控訴申立がないまま、控訴期間の経過により自然確定したこと、請求人は昭和五六年一二月二二日原裁判所に対し無罪の裁判に要した費用の補償を求めて本件請求に及んだこと、以上のような経過事実が明らかに認められる。
右の経過事実によつてみれば、原裁判所が昭和五六年六月二二日にした判決のうち既に確定した無罪部分について、その審理に要した費用の補償を求める請求人の本件請求は、刑訴法一八八条の二第一項本文の規定に照らし相当というべきであり、右請求を棄却すべき理由はないものといわなければならない。原決定は、請求人に関する併合罪の一部が有罪とされ、それが未確定であることを請求棄却の一理由としているのであるが、併合罪として起訴された数個の訴因のうち一部の訴因が有罪とされ、他の訴因が無罪とされ、その無罪部分が確定したときは、右有罪部分が未確定であつても、確定した無罪判決につきその審理に要した費用の補償を請求することができると解すべきであり、このことは刑訴法一八八条の二および同条の三の各規定の文言、刑訴法一六章の費用補償においては、刑事補償法三条二号のような規定が置かれていないこと、無罪判決をうけた者に対し速やかに費用の補償をすべきものとする費用補償の規定の趣旨などを総合することによつて得られる当然の結論ということができる。また、原決定は、有罪部分に要した費用と無罪部分に要した費用とが不可分であることをも請求棄却の理由としているのであるが、有罪部分の審理に要した費用と無罪部分の審理に要した費用との区別が困難であることは、原決定が費用補償の請求を認容した渡邊敏文、布川賢一の各事例についても同様であり、右渡邊、布川の場合原決定は無罪となつた訴因の全訴因に対する割合などから無罪部分の審理に要した費用の額を算出しているのであつて、請求人鏑木についても、それと同様に、第一審判決において無罪となつた訴因の全訴因に対する割合などを基準として無罪部分の審理に要した費用の算出をすべきである。同請求人の場合、有罪部分は未確定であり、それが上訴審において無罪となる可能性はあるのであるが、もし上訴審において無罪となつた場合には、その無罪判決の関係につき当該上訴裁判所において費用補償がなされれば足りるのであつて、右有罪部分の未確定を理由に本件請求を拒否するのは相当ではない。本件請求については、刑訴法一八八条の三第二項に定める六箇月の期間も、第一審における無罪判決が確定した後直ちにその進行が始まるものと解すべきであり、すべての部分についての裁判が確定した後にはじめてその進行が始まると解すべきものではない。
以上のとおりであるから、本件請求を棄却した原決定は刑訴法一八八条の二、同条の三についての解釈適用を誤つたものといわなければならず、その取消を求める論旨は理由がある。
よつて、刑訴法四二六条二項により、原決定のうち請求人鏑木に関する部分を取消し、さらに次のとおり決定する。
請求人に対し既に確定した無罪判決の審理に要した費用の補償をすべきであることは前記のとおりであるところ、補償すべき費用の範囲および額について刑訴法一八八条の六の規定ならびに関係記録によつて検討すると、別紙計算書のとおり、請求人に対し金六一万三七七円を交付すべきものと認められる。
以上の次第であるから、主文のように決定する。
(裁判長裁判官 市川郁雄 裁判官 千葉裕 裁判官 小田部米彦)
別紙 計算書
一 請求人の旅費 一万六〇一七円
(請求人については、一二訴因のうち五訴因が無罪とされているから、同人の全旅費相当額三万八四四〇円に一二分の五を乗じた額を無罪判決に関する旅費とする。)
二 請求人の日当 八万五三七五円
(前同様に、請求人の全日当相当額二〇万四九〇〇円に一二分の五を乗じた額を無罪判決に関する日当とする。)
三 弁護人の旅費 一万一四四八円
(弁護人木村壮、同管原克也、同佐藤博史、同西尾孝幸、同近藤康二の各旅費相当額の合計一〇万九九〇〇円を請求人ならびに原審における共同請求人の合計人数である四で除した額に前同様一二分の五を乗じた額である。)
四 弁護人の日当 九万七五三七円
(前記弁護人らの各日当相当額の合計九三万六三五〇円を前同様四で除し、一二分の五を乗じた額である。)
五 弁護人の報酬 四〇万円
(事案の内容、審理期間、無罪とされた訴因の数など諸般の事情を考慮し、謄写費用をも勘案したうえ、右金額をもつて無罪判決に関する弁護人の報酬とする。)
以上一ないし五の合計 六一万三七七円